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2009年2月

「おくりびと」フィーバー

映画「おくりびと」が米アカデミー賞・外国語映画賞に輝いて二日が経過している。

ニュースやワイドショーなどで連日快挙が報道されている。

撮影場所は鳥海山を仰ぐ山形県庄内平野。地元は経済効果で湧き上がっているらしいsmile

映画館も満員御礼!

この不況下全く良い話を聞かない昨今、超うれしい出来事の一つshine

映画の題名が海外では「Departures」「旅立ち」とはぴったり。

死は次の生への旅立ちであると何度も聞いている。

本木雅弘さん演じる「納棺師」死者に対する思いが指先や一つ一つの動作に現れていた。

本物の納棺師の下で技術指導を受け演じられたと聞き、作品に打ち込む本木さんの執念みたいな物を感じた。

チェロ奏者の主人公が楽団が解散になり故郷山形へ帰る。そこで納棺師となる。最初は抵抗を感じながら自分を見つめていく。涙あり、笑いありの素晴らしい作品で感動した。

やむなく離職する今の世相とダブらせて見る人も多いだろう。避けて通れない人間の生と死を描いた作品が選ばれて本当に良かった。おめでとう!「おくりびと」

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残念!ハニカミ王子予選落ち

ハニカミ王子こと石川 遼選手初挑戦のアメリカツアー「ノーザントラストオープン」は残念ながら予選落ちweep

海外メディアの報道も過熱しテレビのニュースを見て歓迎されているな~と感じられた。

大会2日目130位からスタートしたけれど、2オーバーで99位に終わった(ノ_≦。)

17歳で米デビューたいしたものだ「楽しみたい」といっていたけれどgolf緊張感一杯のプレーだったがパットが決まらない。

これからどしどし世界に参戦しタイガーウッズのような一流プレーヤーになってほしい。

友人に誘われて、打ちっ放しに2回行っただけのゴルフには無縁なおばさんがファンになってしまう。これからも応援しま~すsmile

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笑っちゃうぐらい呆れる醜態!

中川財務相のG7閉幕後の記者会見をテレビでみてびっくりモヒャ━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!!

ろれつが回ってないうつろな目。まるで酔っ払いのようだった。

何がおきたのかと不思議だった。

帰国後風邪薬や鎮痛剤を倍飲んだと本人が言っていた。

飲酒をしたとか薬を飲んだとかそんなことはどうでも良い。あのような醜態を世界のメディアに放送され、日本人として恥ずかしい(# ゚Д゚) ムッカー

鬼の首を取ったように野党は問責決議案を出すと意気込んでいるが、今一番大事なことは2次補正予算の関連法案を早く通して、景気・経済対策を実行しなければならないのでは・・・・

中川財務相は予算が衆院通過した時点で辞任すると表明したけれど、野党は黙っていないだろう。批判をし解散をせまるだろう。

大事な予算委員会の時間を中川財務相の事に使ってほしくない。関連法案の審議をストップさせることの無いようにしてもらいたい。

延ばせば延ばすほど大変になるのは中小零細企業や庶民なのだからcrying

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「地の果て」知床

知床は、アイヌ語で「地の果て」を意味する。

女満別空港と関西空港を結ぶ便が4月から運休する。知床に行くには一番便利だったのにairplane

関西空港と旭川や帯広との空路も消えてゆく。

関空から知床に行くには、羽田か札幌で乗り換えが必要になる。

時間もかからず便利になった旅に慣れてしまったけれど「地の果て」に行くには多少時間がかかるものと思いたい。

38年前、大人の仲間入り20歳の記念にと寝台特急「日本海」で北海道へtrainまだ雪が残る3月一人旅をした。

函館から札幌・旭川・網走・知床・釧路・帯広と列車を乗り継ぎ、時にはヒッチハイク(のんびりした平和な日本だったから出来たことかな)をしながらの旅だった。

旭川では層雲峡へ外側は凍って中は滝が流れているエメラルドグリーンの銀河の滝・流星の滝に感動。旭岳も一面の銀世界snow入山届けを出して少し歩いてみた。

沖縄から一人旅を続けていた女性と一緒に極寒の能取岬へ行った。タクシーで行ける所まで行って後は徒歩で最東端まで「しばれる」とはこういう事なんだと肌で感じた。

流氷の間からトドが数頭ゆっくりと泳いでいた。

斜里駅では「知床旅情」の歌が流れていた。当時は誰もが口ずさんでいる歌だった。

斜里駅からバスでウトロへbus 辺り一面が白一色に染められ、海岸線沿いに点在する番屋や全てが真っ白な雪で覆われていた。

日常の煩わしさを忘れなぜか真っ白な気持ちになれたような気がした。

雪で列車のダイヤが変わったり、運休したり、乗るホームが急に変わっていて慌てたりしながら、全て自分で判断しなければならない。

旭川から北見まで車に乗せてくれた親切なご夫妻は、北見の自宅に招いてくれ昼食をご馳走してくれた。

行き先々の列車の中では、おじさん、おばさんの親切に感謝・感謝だった。昭和の古き良き時代の思い出の1コマでした。

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美山町へ行く

友人Oさん夫妻と夫と4人で京都美山町のYさん宅を訪問した。

国道162号線周山街道をひたすらcarで走り北山杉で有名な京北町を過ぎ美山町へ

美しい日本の原風景を残すかやぶきの里を通りYさんの住む江和地区へ到着。

Yさんは昨年美山町の古民家に引越しされ、築100年の古民家の内装をおしゃれな部屋に改造し住んでおられる。

設計事務所をされているので改装はおてのものshine部屋を案内され感心することばかり、天井をみると太い梁もそのままで重量感がある。

暖炉を新しく設置し暖かい部屋でランチをご馳走になった。

新鮮な野菜や地域の手作りこんにゃくや豆腐・ベーコンなど食材はどれも美味しかった。

最後にYさんのご主人自慢のキムチ風ドリアでお腹は満腹2時間のランチタイムはアッという間に終了した。

帰りに日吉町にあるスプリングスひよしに立ち寄り、ひよし温泉に入浴spa源泉100%の露天岩風呂やアロマリョウリュウサウナなどで身体もリフレシュできた。

八木インターから京都縦貫自動車道に乗り1時間30分帰宅楽しい一日が終わった。

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妻の闘病日誌

朝のテレビ番組「特ダネ」放送でnoteフォーリーブス 青山孝史さんが肝臓ガンで亡くなった闘病日誌を妻が書いていた事を放送していた。

病院から帰ってきた夫は妻に病名を告げなかった。肝臓ガンで余命3ヶ月の診断だったのに・・・・・

心配かけたくない思いから言わなかったのだろう!

フォーリーブスを再結成してコンサートを始める。闘病中にも病室からコンサート会場へ何も無かったように舞台にnotesハリのある声は昔と変わらない。

メンバーの江木さんがしみじみ語っていた「青山が言い出して再結成して始まったツアーなので最後まで公演します。青山で始まり青山で終わり」感慨深いものがある。

闘病日誌の裏に書いていた青山さんの自筆「死にたくはない 一生 長く生きたい これも人生か」

最後まで病魔と闘い完全燃焼されたと思う。ご冥福を祈る。

人生、最後の最後まで戦いきった人は美しい。歳月の風化作用も、そのような人物には及ばない。いや、むしろ、月日がたつほど、その存在は一段と大きく光っていくものだ。(女性に贈る言葉365日)

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